Translate

ラベル 思いつき の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 思いつき の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

土曜日, 4月 08, 2017

働く場所の変化。

一応何かを考えることが働くことに繋がっているので、場所の選択は重要だったりする。
現在、主な収入を得ているのは客先オフィスなのでそちらは良しとして、それ以外の時にどうするかが課題だった。
今まで、一人ぽつねんと部屋の中で仕事するスタイルだったのをこの四月からちょっと気分を変えて以下の場所の空いている机でやることにしてみた。

海老名コワーキングスペース ROLE | RICOH Future House 
通勤途中で、平日以外も車でちょっと来れる距離にある。

なんか今までそれなりに仕事してたような書き方だけど、実はできてないのも正直に書いておく😁

土曜日, 3月 16, 2013

MONACAを始めてみる。

http://monaca.mobi
MONACAという開発プラットフォームを使って見ることにした。
MONACAの説明
まあボチボチとすすめる。

先ずはHello WorldとPhoneGapを使ったカメラアプリを作ってみる。
作るといってもビルドするだけw

火曜日, 5月 15, 2012

KDDIの音楽も映画もって。。。

確かにコミュニケーション(SNSや通話も含め)はインターネットでそれもモバイルデバイスでするのが主流になって来るのだけれどそのデバイスの中でエンターテイメントも完結するかのごとくな戦略に見えたんでなんだかな、と思った次第です。

まあその抑えとして「Smart TV Box」をあげているけど多分そのあたりをリードするのって実はSONYとかなんではないかという別の違和感もありました。
多分そういうなんだかな、とか、違和感とかどうして湧いてくるのかというと過去の経緯でそういうのに乗っかっていったユーザがどこに辿り着いたかというとさして使わない機能がてんこ盛りのガラケーだったような気がしているからです。

日曜日, 5月 13, 2012

less is more (より少ないことは、より豊かなこと)

靴屋(東京靴流通センター)に行ったらニューバランスの新しい靴のコンセプトを書いた小冊子があってその中にこのミース・ファン・デル・ローエの言葉が出てきて興味を持ったのでした。

ちょっと今自分の見直し時期になっているので心に残ったわけです。

素足に近い形で大地を踏みしめるとか。

土曜日, 5月 12, 2012

息子の中学時代DVDが学校から届く

今春卒業した息子の中学から卒業アルバムのビデオ版のようなDVD(二枚組)が届きました。
希望者購入でなく全員に届けられたようで町立中学でも今はこんなサービスをするんだとちと驚いたわけです。
制作は町の写真館が一手に引き受けていてイベント毎に撮りためたものを編集してありました。
修学旅行の食事風景とか親から見ればまあまああればうれしいものではあります。

でもそこまでしなくてもと思ったり今の技術ではこうしたものもローコストでできるんだろうなとかいろいろ考えながら観ておりました。

木曜日, 5月 10, 2012

iOSのGoogle+アプリ

5/10に2.xとメジャーバージョンアップされました。

多分今までの投稿内容とそのコメントや+1を効率よく見せるのを主眼にしたデザインから内容を魅せるデザインに変わったように思えます。
特に写真はとても幅を効かせてスマホの狭い画面をはみ出さんばかりです。確かに写真がある投稿は無いものより伝わる情報量が増えますし読む方としても楽しみが増す事が多いとは思うので歓迎ですが、今の投稿者と読者不在のように思えるデザインには疑問が残ります。写真魅せるのはFlipboardに任せておけばよいような。
gmailやカレンダーのWebアプリで進めて来たシンプルデザインは何処に行ったのでしょうか。

旧バージョンとの比較はこちらを見ていただければと。

水曜日, 5月 09, 2012

ビールと発泡酒

前から不思議なの事の一つにビールの代わりに発泡酒というのが本当に一般的なのかということです。

確かに値段に差があるわけですが、明らかに味が違うものなのにいろいろお酒メーカーがビールの代行のように出して来るところが個人的に信じられないなと。

作ってる技術者の方達はどうおもってるのでしょうか。

いろんなことがフラクタル

時間軸を考えると物事、始めがあって終わりがあるものです。
仕事の課題、人の一生しかり。企業、国の形態の栄枯盛衰もしかり。マクロで観てもミクロで観ても同じ構造をしてると思います。そんなことでフラクタル。

組織の構造をみてもプロジェクト毎のグループ、会社組織、国家。。。

そんな中で今自分がどこにいるかを見極められると無理なく生きていけそうな気がします。

火曜日, 5月 08, 2012

世界の果てを意識する

普通に生きていると意識の及ばない距離や時間の限界点というものが個々人にあってそれをここでは”世界の果て”とします。
そして多分あまりその境界線を意識している人は少ないのではと思ってます。

私の世界の果ては
時間軸だと
ビッグバン(137億年前)〜太陽消滅(50億年後)
です。比較的広い方だと思います。この中では自分の生死って本当に取るに足らないことです。
距離というか空間の果ては
神奈川(現在の居住地)からみて沖縄を除く日本と台北です。いずれも実際に行ったことがある場所になります。海外の台北は唯一仕事で二泊三日行ったことがある場所なんです。時間軸に比べると実にこじんまりとした世界の果てです。

新しいモノを作る前にやっておくこと

自分は一応プログラマだったりシステムエンジニアだったりでコンピュータ関係でモノ作りをしてきたと思ってます。

そんな中で思った事の一つがモノを作る前に先人の作ったモノをよくみること。
有り体にいればパクる事から始めないとだめかなと。パクるのにも才能が必要でそれができなければ多分その方面の作り手にはなれません。
この段階を疎かにしてしまうと既に手法が確立されてること再発明しなきゃならなくて余程の天才でない限りその再発明って先人のものより出来が悪いことになってます。
また、先人にもいろいろな人がいるのでハズレをマネしないようにしなければなりませんね。

モノ作り現場では徒弟制は永遠な気がします。